猫様は神様です!?古代エジプトから招き猫まで

都内某大学院を出たのち、ライター兼猫(茶トラ♂)の奴隷として働くことに。小学生時代は生き物係、中学以降は生物部と動物全般が好き。動物とのよりよい共生について、思いを馳せる毎日です。記事は猫多めです。

猫と暮らして早3年が経った筆者。今ではすっかり猫バカとなってしまいました。
しなやかでやわらかい身体、大きくて吸い込まれそうな瞳、甘えん坊なのに気まぐれな態度。
猫がお好きな方なら、この恋焦がれるような気持ちをわかっていただけるはず!
でも、猫の魔性に魅せられたのは、現代の猫好きさんだけではありません。
古代からずっと猫は人の心に入り込み、時に神聖な存在として私たちを魅了してきたのです。
今回は古代からの猫と人との関わりと猫信仰についてお話をしましょう。

古代エジプト――猫の神バテストの話

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人類史上、初めて猫を家畜化したのは、古代エジプト人でした。そこから猫は世界中に散らばっていくことになるのです。

古代エジプトの人々が猫を神聖な生き物ととらえていたことは、彼らが残した「バステト神」の姿を見れば一目瞭然です。猫の頭をしたバステト神は、太陽神の娘であり、蛇やねずみを退治してくれる存在だとされていました。

この背景には病原菌を媒介する蛇やねずみを、猫が食料としていたことがあるでしょう。猫は可愛い動物ですが、人との関係のはじまりは、あくまでも役に立つ使役動物としてだったのです。しかし、古代エジプトの人々はのちに、飼い猫が死ぬとまるで人間の家族が亡くなった時のように喪に服したと言います。使役の動物だったはずが、だんだんと可愛くなってきて、ついには神様扱いに……。なんだかとっても親しみを感じますね。

猫を尊重する風潮が強まったのは、古代エジプトの第22王朝時代でした。その中心都市として栄えたのが、「ペルバステト」すなわち「猫の館」です。まさか都市の名前にまで猫の意味があるとはあっぱれ!

古代エジプト人の猫好きはとどまるところを知らず……!?

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ところで、古代エジプト軍がペルシア軍と戦ったときのこと。ペルシア軍はなんと盾に猫を縛り付けていたのです!猫信仰を持つエジプト人兵士は、その作戦の前に敗退してしまいます。

まぁこの話は少しオーバーなのではないかという意見もありますが、現代に至るまでそんな逸話が残っていること自体、古代エジプト人の猫好きを表している気がしますね。

また、こんなに猫を愛していた古代エジプト人ですが、猫を食していたことを示すものも出土しています。ですが、これはあくまで薬として。信仰が高まると、「信仰対象を食べてパワーを得たい」と考えるようになるのは、世界的に見てむしろ多数派です。ですから猫を手にかけて食料としていたのではなく、自然死した猫の身体の一部を薬として用いていたのでしょう。
まさに猫は食べちゃいたいくらいに可愛い!?

平安時代に貴族に愛された猫たち

古代エジプトで家畜された猫は、奈良時代に日本にやってきます。
これは実は、仏教の経典をねずみの害から守るためでした。
しかし、その後は貴族の愛玩動物として可愛がられるようになります。特に有名なのは、宇多天皇の飼っていたという黒猫と、一条天皇と定子の愛猫の話でしょう。

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「その毛色、類はず愛しき云々。皆、浅黒色なるに、此れ独り黒く墨の如し。【中略】恰も雲上の黒龍の如し。【中略】亦、能く夜鼠を捕らへること、他猫に勝る。」
(訳 他の猫は薄い黒だけども、この猫は墨のように真っ黒である。まるで雲の上の黒い龍だ。よく夜にねずみを捕まえること、他の猫に勝る。)宇多天皇「寛平御記」

このあとの記述は、「前の帝から譲ってもらったから大切にしているだけで、愛してなんかいないんだから!」とツンデレな感じで終わります。当時の貴族の日記は子孫・一族に残しておくためのものだったので、こういった記述を付け加えただけでしょう(つまり本当は宇多天皇もかなりの猫バカですねぇ)。

「うへに候ふ御猫は、かうぶり給はりて、命婦のおとどとて、いとをかしければ、かしづかせたまふが」
(訳 一条天皇にお仕えしているお猫様は位をいただいて命婦のおとどといって、たいへんかわいいので大切にしていらしゃるが)清少納言「枕草子」

清少納言が仕えていた一条天皇と定子は、愛猫に位を授けて可愛がっていました。この背景には、身分を持たないものは屋敷の中に入れないといった事情があるから。猫に位を授ければ一緒にいられますからね。
「私なんて身分が低いのに!」と羨ましく思った人間もきっといたことでしょう。

江戸時代の猫信仰の裏には○○業があった!

さて、昔の古典に猫が登場したのはおわかりいただけたと思いますが、まだ信仰という感じではありませんね。

猫は高級な愛玩動物であり、江戸時代の途中までは庶民がおいそれと手に入れることはできませんでした。しかし、猫がねずみをとり、蚕や穀物を守るということはよく知られていました。
そのため、猫の絵がねずみよけのお守りとして売れるようになります。

しかし、「動物を大切にしなさい!」という生類憐れみの令によって猫をつないで飼うことが禁止され、庶民にも身近な生き物となります。猫を愛し、猫の絵をよく描いたことで有名な絵師の歌川国芳も、もちろん猫が一般化してから生まれた人です。

さて、以上のような事情で、猫を神として崇めている神社があるのは、養蚕業が発達していた地域に多いのです。ちなみに、おなじみの招き猫の置物が生まれたのも江戸時代で、やはり養蚕を願うものでした。ですが養蚕業そのものが衰退すると、商売繁盛のラッキーアイテムとされるように。招き猫が現在でも根強く残っているのは、その見た目の可愛さゆえでしょうか!?

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最後に

猫信仰の話、いかがでしたか。
猫好きは今も昔も一緒。
思わず崇めたくなってしまう魅力に、今日もメロメロです♪

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