大切なペットの最期の見送り方の1つ…「安楽死」という選択

子供の頃からずっと犬がいる環境で育ってきました。今は12才半の白いおばあちゃんトイプードルとの生活を楽しんでいます。長生きして欲しいと思っています。

24年ほど前の今頃でした。お盆前後のすごく暑い日、実家で最初に飼った犬を安楽死させました。17歳、オスの「狆」でした。

母が「狆」などの短頭種が好きで、ペットショップで衝動買いをしてきた子でした。その子は成長するに連れ、違う犬種の特徴を出してきました。スピッツによく似た体型、大きさ、毛質になりました。想定外の大きさになりました。毛の色だけはあえて「狆」の特徴を出しており、白と黒でした。

「狆」はたれ耳わんわんです。が、家の狆はシェルティーみたいな耳でした。途中まで耳は立っていたのだけど、真ん中くらいから折れ曲がって垂れていました。スピッツと変わらない体型、毛質なので、外で飼っていました。初めは室内犬でしたが、著者の両親が外で飼うことにしました。問題はありませんでした。

そして、この狆の死が実家では飼い犬を見送る初めての経験となりました。24年前の犬の17歳というのはとても長生きでした。当時の獣医さんが、家の狆の歯が1本も抜け落ちていなかったことに感心していたのは覚えています。

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しかし、この子の最期はかわいそうなものでした。

■ 歩けなくなり、寝返りを打てなくなってからの期間が長かったです。前足が僅かに動いていたのでしょうか。

■ 食欲はかなり前からなくなっておりました。が、唯一、アイスクリームだけは食べました。スプーンに少しだけ乗せたバニラアイスを口元に近づけると、口を開きました。他は水すらも拒否していました。

■ すごく体が痛いのか、安楽死をさせる1週間前くらいからは家族が触るのも難しくなりました。犬が鳴くのです。「う~ん」とか「あ~」とか「お~」とか「きゃん」とか鳴くのです。

夜中も鳴くようになりました。夏の夜、窓を開けて寝る静かな住宅街ではかなり遠くまで家の犬の苦しそうなうめき声が響いていたそうです。著者の家族は全員寝不足が続きました。

■ 日中、犬の介護をできるのは母1人だけでした。他の家族は働いていたり、学校に行っていたりしました。著者は既に働いておりました。

■ 数日に1回、獣医さんに通ってもらい、痛み止めや栄養剤など打ってもらっていました。それと、アイスクリームで生きながらえていたのでしょう。

■ 初めての犬なので、あの症状が死に向かっている症状なのか判断できなかったです。そろそろ危ないと認めていたら、栄養剤は打たせなかったでしょう。というよりも、家族全員、犬の死というものが、そう遠くないということを認めたくなかったのではないでしょうか。17年一緒にいた犬の死が近づいている、という現実に目を向けたくなかったのだと思います。

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このような状況で、動けなくなり、ずっと弱々しく鳴き続ける犬を見て、安楽死を決断しました。そして、それまで面倒を診てくれていた獣医さんにお願いしました。

著者自身、ペットの安楽死に関するブログなどはかなり読んでいます。賛否両論なのはわかります。が、人それぞれ状況が全然違います。ペットの症状も全然違います。安楽死を獣医さんに拒否された人がいるのも知っています。

しかし、家族全員が働いていたりして、ペットのために頻繁に休めなかったりする人も多いです。家の場合も、土日祝祭日以外は母しか愛犬の介護を出来る人間がいませんでした。

それで、暑い日、誰も見ていない時に1匹で死なせるのはかわいそうだと感じました。母もずっと犬の看病だけをしていられるわけでもありません。で、安楽死を決断したのです。

著者の人生の中間地点あたりでの1つのイベントです。まだまだ、重たい思い出として、心の中に残っております。心のどこかに、生きていた動物の生を奪ったという罪悪感は残っているのです。

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安楽死の後、すぐに亡骸を見ると、がついていました。生きていた愛犬の体に蛆がわいていたなんて…。安楽死は間違った決断だったとは思っておりません。正解だとも言い切れませんが…。

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