動物と今日も暮らせない

文筆家。コラムニスト。コミュニケーションや性愛、家族問題などを扱ったブログを執筆するうちにフリーのライターとなる。朝日新聞出版「AERA」や「VISITJAPAN」などで執筆。ウェブメディア「ジセダイ」や「AM」にてブックレビューなどを連載。個人活動として、3.11までの原発の歴史を絵本化する「原発絵本プロジェクト」を主催。 45カ国を旅した無類の旅好き。現在、初の著書を執筆中。

幼い頃から動物が好きな子どもだった。

小さくてまるくて、やわらかい生き物。血が通った、ふかふかの、ひとつのいのちのまとまり。

人間の意志とはまったく別にうごきまわる、ひとつの世界があるのが不思議だった。

しかし、マンション住まいだった私にとって、ペットを飼う事は長い間一つの難関だった。

 

最初にほ乳類を飼ったのは、小学校3年生の時だ。

新しい物好きの母が、これならマンションでも飼えるからと、連れて帰って来たのはなんとハリネズミだった。

はじめて飼うほ乳類の、腹の毛のやわらかさ、しめった吐息、それが自分の手のひらの上にいること。たよりなく動き回る細い手足のうらから、血のあたたかさが伝わってくる。その事にただただ感動した。

 

一生懸命世話をしたが、2年経った頃、歯槽膿漏で死んでしまった。

飼育下での平均寿命が4・5年の生き物を、わずか2年で死なせてしまったことは、幼い私にとって大きなショックだった。

次にペットを飼う時は、ぜったい死なせないようにしよう。

そう思い、母と一緒にペットショップに行き、選んだのはチンチラだった。

活発にはね回るげっ歯類とじゃれ合うのは楽しかったが、3年後、寒い冬に風邪を引いて死んでしまった。

 

私は生き物を飼うのに、向いていないのかもしれない。

 

そう思い落胆していた時、わが家に新しい相棒がやってきた。

新型のパソコン、である。

最初に母がインストールしてくれたソフトの中に、アクアゾーンという熱帯魚飼育シュミレーションソフトがあった。

灰色の巨大なパソコンの、ぬるんと突き出た小さな画面に、水槽が浮かび上がり、その中を、16ビットの小さな魚たちが、ひらひらと泳いでいた。

「エサをやる」ボタンを押すと、小さな茶色いドットが画面の上部からパラパラと落ちてきて、魚の口に触れると点滅して消えた。

 

私の体に再び情熱が駈けめぐった。

これなら、死なせずに生き物を飼える!!

エサをやり、水草を植え、画面の中の熱帯魚たちは日に日に増えていった。

そのソフトには、魚一匹一匹に、名前をつけることができる機能があった。

50匹を越えたころ、私は増え続ける熱帯魚に、小学校のクラスメイトたちの名前を順番につけはじめた。

級友たちの名前のついた色とりどりの魚たちでいっぱいの水槽を眺めながら、私は悦に入った。

 

しかしやがて、彼らとの蜜月に危機が訪れる。中学校受験がやってきたのだ。

お絵描きソフトやメールソフトは、参考書や塾のペーパーテストに取って代わり、それから2月まで、パソコンは部屋の隅で埃をかぶることとなった。

ようやく受験が終わり、私は卒業する前にと、級友たちを家に招いた。

当時まだ珍しかったパソコンに興味を示した級友たちに、久しぶりに魚のことを思い出した私は、

「○○ちゃんたちの名前のついた魚がいるんだよ!」

と、意気揚々とみんなの前でパソコンを立ち上げた。

 

私を待っていたのは、おびただしい数の、クラスメイトの死だった。

「○山×太が死亡しました」

空の水槽を背景に、延々と読み上げられる、クラスメイト(の名を冠した魚たち)の訃報。どれだけマウスを連打しても、級友たちの死亡リストはWindowsのエラー音と共に尽きる事なく表示され続け、私はその時はじめて、パソコンの中にも現実と同じ時間が流れていることを知ったのだった。

 

あれから10年以上経つが、私はまだ、ペットを飼う自信が持てずにいる。

 

最近一人暮らしを始めてから、サボテンを購入した。

小説家の川上未映子さんのエッセイに、彼女の育てるサボテンの話が幾度となく登場する。川上さんもたぶん、律儀なタイプじゃなさそうだし(失礼)、だったら私でも、とぎりぎりまでハードルを下げ、10数年ぶりに購入した「生き物」だったのだが、デスクの上に置いておいたら、いつのまにか名刺ケースと領収書の束に押されてパソコンのモニタの後ろに回り込み、熱にやられて黄色く変色していた……かわいそうに。

 

たぶん、都会のマンション暮らしだから、とか、そういうことは関係ないのだ。

私がいつまでたっても動物と上手く暮らせないのは、ひとえに、私のずぼらさに起因する。

そして、歳を重ねるごとに立証されるそれは、最近、別の恐怖を連れてくるようになった。

「もしかして私は、ペットどころか、夫も子どもも、うまく育てられないんじゃ、ないだろうか……?」

この歳でなお「生き物すらも飼えない」ということが明らかになってしまえば、それはもしかして、結婚できるほど、子どもを育てられるほど、律儀ではない、ということの証明と、地続きなのではあるまいか?

それを恐れるからこそ、私は未だに動物を飼うことをためらってしまうのである。

 

代々木公園付近の自宅の周りは、いつも、大型犬を連れて闊歩する人々で溢れている。

ボルゾイ犬にレトリーバー、チャウチャウ。アフガンハウンド。

ペットを飼う苦労など、まるで感じさせない彼らに、私は問いたい。

「どうやってあなたがたは、動物という(それも、そんなに大きな)一個の他者と、暮らす自信を持てるのですか?」

「嫁にこいよ」というよりは遥かに簡単だが、

ごはんがなくなったら扉を開けて出て行ってしまう嫁よりも、彼らは非力である。

家に帰ったら、うっかりエサをやり忘れていて夫が死んでしまっていた、ということはまずないが、手のない動物たちには、十分あり得るのではないか。

それを加味した上で、どうやって一つの生き物を、引き受ける決意ができるのか。

 

自分ではない、ひとつのいのちを手に入れた義務として、ともに耕し、ゆたかなものにしてゆくことを、どうやったら誓えるのだろう。

その疑問が、今日も私にペットショップの前を素通りさせるのである。

本当は大好きな、あたたかい生き物たちを横目に。

 

ペットと飼うという行為は、いつも私に甘い夢を見させ、同時に、「他者と暮らす」という、人間的成熟の集大成ともいえる行為と、現実の自分との間にある、果てしなく長い距離を否応無しに一個の命をもって突きつける、重い蜃気楼だ。

こわい。でもやってみたい。でもこわい。

 

その甘い夢と、挫折とのあいだで、今日も私は揺れ動いているのである。

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